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林寺
少林寺
アトラクション:少林寺
種類:AAAAA
エリア:鄭州
連絡先:
    内外に響き渡る少 林寺は、河南登封県の西北の少室山の5乳峰の麓に位置して、たくさんの峰がそびえ立って、渓水がその中をぐるりと流れていて、木が茂っていて、たたずまいが優雅なところである。仏教界では達摩は中国の仏教の禅宗の「初めの祖」と言われ、少林寺は禅宗の「祖庭」と誉められる。少室山林の中にあるため、少林寺と称されるのである。
    歴史が古くて、北魏太和十九年(495年)に作られた少林寺は32年後に、インドの名僧の菩提達摩は少林寺に来て禅宗を伝授した。その後、寺院は次第に拡大して、僧侶は日に日に増えたため、少林寺は名声が遠くまで知られるようになった。達摩は中国の仏教の禅宗の初祖、少林寺は禅宗の祖庭と称される。禅宗の修行する禅法は「壁観」と称され、面壁に静座するという意味である。長い時間があぐらをかき座ったため、疲労になりやすいので、僧侶達はストレスを解除するために武道を練習して鍛えるから、少林寺拳法が達摩に作られたと言い伝えられている。
    少林寺は山門から千仏殿まで、塔林から達摩まで、初祖庵から二祖庵まで、寺内の楼台、仏像の彫塑、殿宇の壁画、時計や磬の鋳造、柵や柱の彫りや絵、踏み石の築き、石碑の詩や絵、古塔と石坊などは全て文化財の古跡の逸品で、少林寺は国内外の観光客のよく遊覧する内外によく知られる寺になったのである。
    少林寺の主な建物は常住院で、住持と執事の僧達が仏事の 活動と日常生活をする所、普通人々に「少林寺」呼ばれたところである。常住院は山に従って建てられ、中軸の建物は全部で7進(「進」とは伝統的な中国家屋で邸内に複数列の建物がある場合、その一列を一“進”と言うこと)で、つまり山門、天王殿、大雄宝殿、蔵経閣、方丈室、達摩亭と千仏殿、両側にはまた六祖殿、緊那羅殿、東西禅堂、地蔵殿、白衣殿など。面積は3万数平方メートル。
    初祖庵
    少林寺の西北で2キロメートルの五乳峰の下に位置し、達摩が面壁することを記念する為に建てられた小型古建築群は初祖庵で、また「面壁庵」とも言われる。初祖庵に今現存されているのは北宋の正殿、山門、千仏閣と小さい亭が2つあって、また黄庭堅に書かれた《祖源諦本》碑、蔡卞に書かれた《達摩面壁之庵》などの石碑が40余り通ある。その中の初祖庵の正殿は河南省の現存されている最も古い木造の建物である。正殿の16本の石柱にある浮き彫りの武士、飛天、蓮の花などの彫刻の図案は、造型の独特さ、彫刻の精巧さから見れば、宋(代)の石刻の芸術における貴重品と呼ぶことができる。歴史の悠久、造型の精巧さ、形態のユニークな初祖庵の正殿は、北宋の建築を研究する重要な史料で、建築史上に大変高い価値を持っている。
    碑林
    少林 寺の「碑林」に歴代立った石碑が20余り通あって、その中で元朝の日僧邵元に書かれた《息息禅師碑》、明朝の日僧徳始に書かれた《淳拙禅師碑》と近代の日僧の宗道臣に書かれた《帰山記念碑》などが有名である。通路の東側の慈雲堂の旧跡の中にある長い廊下(回廊)は、少林寺「碑廊」である。碑廊は大きい長廊式の建物で、少林寺の唐代から清朝まで有名な碑が100数置かれている。中で有名なのは「大唐天後御製詩文碑」、「第一山碑」、「達摩一葦渡江碑」、「裕公和尚碑」、「道公和尚碑」、「宜山竹碑」、「千崖万壑碑」、「三十六峰賦碑」、「釈迦如来双跡霊像図碑」、「題達摩面壁碑」がある。その中の碑林の中の「宗道臣帰山記念碑」は日本少林寺拳法連盟の創始者である宗道臣先生のために1980年4月に少林寺で刻んで立たれたのである。宗道臣は30年代にかつて少林寺で武道を練習され、帰国後日本少林寺拳法連盟を創始された。今では会員が百万余り、宗道臣氏は我が国を5回ぐらい訪問された。
    大雄宝殿
    天王殿の後ろに位置する大雄宝殿は、少林寺で規模の最大の建物で、仏事活動の中心地である。重なる軒、歇(休)山式で広さ、5部屋;深さ、5部屋の大殿には仏教の横三世仏を供えて、中は娑婆の世界教主の釈迦牟尼で、西は極楽世界教主の阿弥 陀仏で、東は東方浄瑠璃世界の薬師仏である。横三世仏陀の両側には少林初達摩と緊那羅王塑像もある。また大雄宝殿の東西の両壁の下には仏教の18羅漢の塑像が作られている。
    千仏殿
    千仏殿は寺の最後の広さ7部屋、深さ3部屋の大きさの殿宇である。殿の中央の神棚の中には明朝に鋳造された毗盧仏銅像と白玉の釈迦牟尼像を供えている。正殿の背面と東西の両壁に明朝に描かれた五百羅漢の朝毗型カラー絵がある。全体の壁画は3層分けて、上が重なり合った山々の峰、中が浮かぶあけた雲海、下は逆巻いた波。絵の中の羅漢は、龍を降し虎を服せしめるのもいるし、盛んな議論をしているのもいるし、鉢を持ち顕法をとらせるのもいるし、上尊を参拝するのもいて、それぞれ生き生きとして、姿も異なっている。画面の輪郭はっきりして、絵画の線が力強くて、筆法がなめらかで、組み立てが整っていて、我が国の壁画の芸術の宝庫の中の貴重品です。殿内のれんがで敷かれた地面の48の落とし穴は、少林の僧侶が武道を訓練する時長い年月を経て、技量が深いため足を踏み鳴らし続けてできた足穴で、「站樁」(杭に立つこと)と言われる。
    塔林
    少林寺から西へ,約500メートルのところに位置する。敷地面積は14000平方メートルあまり,唐代から今までの墓塔231個、 塔の分布が林のようであるところから塔林と言う。全国でも重要な文化財保護単位である。
    塔林は少林寺歴代住持と坊主の墓地である。坊主が死んだ後、塔を造って、志を石に刻んで、功徳を明示した。塔の形・段階・高さ・大きさは各時代の気風と具体的情況によって違う、また逝者の生前の仏教界の地位、成就と威信を体現している。
    塔の造形は多種多様で、段階によって分けると、単層と多層がある。一番多いのは七級、即ち“七級の仏陀”、最高は15メートルに達する;形状は正方形、長方形、六角形、八角形と円形などがある。様式はまた、密軒式、堵波式と喇嘛式などに分けられる。煉瓦や石で作るのが多い、また一つの石で掘る物もある。塔体には往々として優美なデザインと浮き彫りを刻む。それぞれの塔の正面には扁額がある、そこに塔主の名前や号が書かれている。後ろに銘文が書かれている塔もある。その中に何人か有力な高僧がある,その塔の前は専ら石碑を立て,塔主の一生事跡、どこから法を受け、またどこへ伝えるか、および塔を立てた人、年代などの内容が詳細に書いてある。それゆえ、少林寺塔林は、我が国古代煉瓦石建築、書道、彫刻を研究する芸術宝庫ばかりではなく、同時に仏教歴史、少林寺歴史の研究に対して非常に貴重な資料でもある。
    特に指摘するべきものは、元、明両時代は少林寺歴史上最も重要な時期の一つで、元初から一代巨匠雪庭福裕が少林寺を司って、禅宗曹洞宗がまた開祖の庭に帰する。そしてそれは明末の無言正道まで伝わる。その間名師は輩出して、高僧は多く寄り集まって、歴史上“少林中興時期”と称して、雪庭福裕を“中興の祖”と尊敬している。禅宗歴史伝記から、少林寺のこの黄金時期は、曹洞宗黄金時期である。また中国仏教の重要時期でもある。少林寺塔林中の元、明両時代の墓塔と銘文資料は、元明両時代の禅宗史学の研究に対して、最もあり難い貴ぶべきものである。
    塔林は唐代から清代まで少林寺の歴史と歴代の塔の様式、構造などを研究する重要な実物資料であって、仏教研究に対してとても高い価値があり、また建築、書道、彫刻芸術,観光などの観賞価値を持っている。
    裕公塔
    裕公塔、タリンの中部に位置して、7階建て、六角形のれんがの塔である。福裕は元朝中興時期に少林寺の最も有名な住職であった。福裕が死亡した後、元の皇帝が「晋国公」という爵 位を与えて、彼は少林寺の歴史上で唯一の国公と封じされたお坊さんである。福裕が少林寺を中興させてできた大きな功労が創始者に匹適するため、少林寺の僧侶はその塔の前に“開山祖師”の碑をたてて、記念を示す。
    達磨洞
    達磨洞は少林寺のうしろ,五乳峰の頂上の数十メートルのところにあり、歴史上,達磨がここで9年間面壁したことがあるそうであるから。禅宗信者が崇め奉る聖地である。天然の石洞は深さ約5メートル、高さ3メートル、幅3メートル。「達磨洞」と言われる。達磨は少林寺に来た後ここで9年間面壁した、長い年月を経るため、彼の影は穴の石の上に投げられ、意外にも面壁の姿を残され、服のしわや紋様がかすかに見えて、まるで1枚の薄い色の墨絵のようで、この石を“達磨面壁影石”と称する。後に寺のお坊さんは影石が失うのを気にかけて、影石を掘り放して少林寺に置いてある。穴の外には石の牌坊がある、明万暦甲辰年(西暦1104年)に作られた。南の額に“黙玄処”を刻んで、北の額に“東来肇跡”を刻む。内には達磨の塑像を供える。穴の上200メートルの所に白い大理石製の彫刻――初祖達磨像がある。信者たちが寄付を集める。
 
 
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