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侯祠
武侯祠
アトラクション:武侯祠
種類:AAA
エリア:南陽
連絡先:

    万木の高く聳える中にある南陽武侯祠は三国時代の有名な政治家、軍事家の諸葛孔明がその年居住し、自ら耕すことを記念する地である。全国は現在まだ9か所の武侯祠があり、南陽武侯祠は成都の武侯祠に次いで第二位につき、南陽市の卧竜崗に位置する。
    諸葛亮は字が孔明、後漢の琅琊郡の人、幼い頃父を失った。その後、叔父に従い、豫章に来て、荆州を通って南陽に定住したということだ。いい天気であれば耕し、雨が降れば読書。各朝代の政治、経済状態と学派の政治主張などを研究する。劉備を助けて、火を利用して博望と赤壁の戦いに勝利を収めた。それで西蜀の覇業を創立した。また、孟獲を七回捕らえ、六回にわたって祁山を出て、献身的に力を尽くした。我が国古代の最も有名な政治家と軍事家であり、死んだ後武侯に封じられた。かつて南陽で草葺の家で自ら耕したため、晋代になって、南陽の人は卧竜崗にて祠を建てて彼を記念し始めた。戦争をしばしば経歴し、建てては壊されたが、康熙の頃、又もとの様子に従って、再建された。ここ数年来、関連部門の積極的な修繕を経て、南陽武侯祠はすでに面目を一新され、有名な観光地になった。
    「千古人竜」の金色の横額が掛かった山門は武侯祠の起点建築である。階段を一段一段上がって、「漢昭烈皇帝三顧処」が刻んだ石碑坊と仙人橋を横切って、向こうにあるのは祠の主体造り――大拝殿である。殿内には諸葛孔明の塑像があり、纶巾羽扇、表情は飄々としていて、まるで生きているようだ。両側は息子の諸葛瞻、孫の諸葛尚の塑像である。正殿の外の日覆いには横額、対聯が数多くあって、壁に歴代の文人名士の筆跡や石刻が象眼され、真、草、篆、隸それぞれ特色を持っている。正殿を通ってふわふわしている傘のような古風で質朴な諸葛草庐に来る。これは諸葛孔明が当時隠遁して、勉強する地方である。
草庐のほかには古柏亭、梁父岩、野雲庵、寧遠楼、伴月台、三顧堂、小虹橋、老竜洞、抱膝石などの名所もあって「卧竜景」と称される。ここはどこでも静寂で、景は比べられるものがない。特に三顧堂と関張殿の中で温和で上品な諸葛孔明、謙虚で恭しい劉玄徳、一刻も耐えない張飛と落ち着いている関羽の塑像が真に迫っていて、見事である。観光客をよりよく諸葛孔明の一生の業績と偉大な抱負を理解させるように、寧遠楼の中に簡明な文字で魏蜀呉三国時代の政治、経済、文化の発展状況を記述してある。
    武侯祠の廊下で三百数枚の石碑が象眼してある。ホールの上で数え切れない額と対聯、石碑の彫刻等はきめ細かくて、書道においてはかなり深い造詣がある。例えば、岳少保氏が書いた諸葛亮の『出師表』の石碑、『還我河山』(我が山河返せ)の碑刻と鄭板橋の『難得糊塗』の碑などは筆跡が雄勁で、さっぱりして、抜きんでて、かねてから国内外の書道愛好者の尊重を受けている。武侯祠内の額が多く、ひさしの下にあったり、家の梁に掛けてあったりで、観光客の愛顧を受ける。名匠が有名人の書を額の上で彫り刻んで、突き出交互にへこみ、豪放に如実で、気勢は並外れている。武侯祠の石碑、対聯、額は文学、書道、絵画を一体に集め、貴重な芸術の宝庫であり、観光客に対してもより強い吸着力があるといっても言い過ぎるとは言えない。
    武侯祠は南陽の重要な観光地であり、三国の旅行コースの注目個所でもある。
    アドレス:南陽市武侯路

 

 
 
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