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紫関法海寺
荊紫関法海寺
アトラクション:荊紫関法海寺
種類:AA
エリア:南陽
連絡先:0086-371-10086




    淅川県の荊紫関鎮は丹江の岸に位置し、河南省公表された第1陣の歴史文化名鎮で、唐代の後期に形成された商業の古街である。群山を背にして、清い流れを臨む。西は秦川とつなぎ、南は湖北(省)に通じる。優越で独特な位置で歴代の商人が集め、軍家の必ず争う地だ。商洛山で源を発する丹江は漢水に注ぎ、長江に流れ込むため、水資源が豊かで、運河、蜀栈と並んでわが国南北の三大通路と称する。上海、杭州の豪商がよく長江をさかのぼってくる。明清の時期は、荊紫関の黄金時代で、川
岸の埠頭には、船がどっと集める。長江下流地域の日用品や、秦嶺伏牛山の特産品などが多く、ここで集散した、次第に河南、湖北、陕西等7省の商人が集まる地となった。かつて「三大会社、八大民間結社、十大ラバの荷馬隊を泊める宿、二十四大商号」の繁栄が現れた。

    法海禅寺は荊紫関東北部の猴山の南西麓に位置する。仏法が限りない意を取って名付けたのだ。寺碑の記録によると、寺は西峰の禅師に再築れたのだ。明末、清の初めに2度災難にあったが、順治16年(1659年)と康熙5年(1666年)に修繕を施した。本殿と東西の禅堂も乾隆と嘉庆の時期で修復された。白衣閣の東楼は咸豊9年(1859年)、同治3年(1864年)で破壊されたが、また2度修繕した。面積は6700平方メートルで、北に座って南にある。現存する建物が24軒で、中に山門が一つ、仏殿と後殿がそれぞれ五つある。白衣閣の東楼が5軒、後殿の両側に禅堂が各3軒ある。建築全体がまちまちだが秩序があり、皆硬山式のれんが・木造で優雅に質朴だ。正殿前の門の上には、木刻りがあり、殿のひさしの上に「牧牛図」「登山図」「碁をうつ図」「魚を釣る図」「飲酒図」が保存されている。

    寺は崖を背にし、両側にそれぞれ一本の泉が前に集まり、取り囲む形を呈する。そばの竹園の奥にある八凌泉が水の玉を噴出して、勢いすさまじく滝になって極めて壮観である。山は高く聳え、木は青々として極めて見事な佳境だ。寺の前で自然に形成された水郷の石崖に多彩な水郷の石が至る所にあって珍しい物ばかりで、天然物よりも巧みだ。石の上に小さい穴が沢山あって、中に仏像が多く、「万仏洞」と称される。これらの自然景観が古代建築と互い引き立て合って美を競い、きらびやかである。境内に存する八つの石碑の記載では「上流に法海寺、下流に香岩寺があり、景勝地の双山寺だ」と合って、両寺が丹江上下南北の2粒の名珠であることを語っている。

ア    ドレス:南陽市淅川県荊紫関鎮東北部



 

 
 
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